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東京地方裁判所 平成6年(ワ)9549号 判決

主文

一  本訴原告(反訴被告)の本訴請求をいずれも棄却する。

二  反訴原告(本訴被告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを二分し、その一を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

理由

一  本訴請求について

1  本訴請求原因1(当事者)(一)及び(二)の事実は、当事者間に争いがない。

2(一)  本訴請求原因2(本件マンション及び本件店舗)(一)の事実は、本件マンションの一階及び二階の用途の点を除き、当事者間に争いがない。

しかし、本件全証拠によつても、原告主張のごとく本件店舗が店舗として、また本件事務所が事務所として当該用途が限定され、風俗営業が全く禁止されているものとは認めることができない。

(二)  本訴請求原因2(本件マンション及び本件店舗)(二)及び(三)の事実は、当事者間に争いがない。

3  本訴請求原因3(本件規約及び本件細則の存在)(一)及び(二)の事実は、当事者間に争いがない。

4  そこで、本訴請求原因4(被告の違反行為)(一)並びに被告の主張1(被告の本件店舗及び本件事務所の区分所有権)(一)ないし(三)について検討するに、原告は、被告が本件内外装工事をして本件店舗をパチンコ店営業の用途に供することは、本件規約所定の「共同の利益」に反する行為であるとして、本件規約一条、八条、一一条、一二条一項及び二項、本件細則一条一号、二号、六号及び一八号、五条に違反すると主張している。

(一)  まず、本訴請求原因4(被告の違反行為)(一)の事実のうち、被告が本件店舗を第三者に貸与してパチンコ店を開業しようとし、平成五年一二月三日にパチンコ業者との間で本件店舗につき賃貸借予約契約を締結したこと、被告が同月一九日ころ本件内外装工事をしたことは、当事者間に争いがない。

(二)  「共同の利益」に反する行為の具体的内容、範囲については、法はこれを明示しておらず(法六条一項)、規約においてこれを個別具体的に定めることができるものとされているものの(法三〇条一項)、本件規約においては本件店舗に対する区分所有権をパチンコ店営業の用途に供することは明文では禁止していない。したがつて、結局は「共同の利益」に反する行為かどうかについての判断は、本件店舗をパチンコ店営業の用途に供することの必要性、これによつて被告を除く本件マンションの区分所有者が被る不利益の態様、性質及び程度、他の手段の可能性等諸般の事情を比較考慮して社会通念によつて決するのが相当である。

ところで、前記各争いのない事実に加えて、《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件マンションは、東京都葛飾区お花茶屋《番地略》に所在し、その正面(南側)には東西にのびる道路を隔てて京成電鉄お花茶屋駅の駅舎が存し、京成電鉄電車が煩雑に走行し、また人・自動車等の往来がある。そして、右道路に沿つて東西に本件マンションを含む建物が並び、商店街を形成している。昼間の本件店舗正面玄関前の騒音レベルは、平穏時で五〇ないし六〇デシベル、京成本線列車音が六七ないし七九デシベル、オートバイ・自動車音が六四ないし七五デシベルである。

(2) 本件マンションは、右京成電鉄お花茶屋駅前の繁華街にあり、すべて住戸とすると分譲価格が高額となりすぎるため、一、二階を高額の回収ができる店舗ないし事務所とされ、店舗用自転車置場の確保もなされた。このため本件マンションは、いわゆるファミリータイプの住戸、ワンルームタイプの住戸のほか(三階以上の床面積合計三五六二・七六平方メートル)、本件店舗及び本件事務所(床面積合計約一一三二・二五平方メートル)が一体として利用される複合用途のマンションであつて、三階以上の住戸は、一、二階と明確に区画され、騒音も考慮して一、二階から大きくセットバックしている。また、右一、二階と三階以上とは完全防火区画された別棟扱いの構造となつており、本件店舗正面の出入口扉と同扉に通ずるピロティと、二階のピロティに続くエントランスホールとエレベーターホールとの間にはオートロックがあり、また同所に管理人室が置かれ、二階から住戸に一般人が自由に出入りすることはできず、三階以上の住戸の生活空間と本件店舗の営業空間とは別個独立のものとされている。

(3) 本件マンション付近には、パチンコ店があるが、本件店舗で開業が予定されるパチンコ店は、点滅するネオンサイン等が使用されておらず、本件店舗の正面入口から店内に入ると喫茶コーナー空間が存し、その奥に受付・レジ・カウンターがあり、カウンターの東側にパチンコ台が設置され、右入口扉も常時開放されるものではなく、更に店内放送のスピーカーは本件店舗外には使用されないことから、騒音にも配慮されている。

(4) ところで、訴外会社が準備した本件マンションの三階以上の住宅専用部分の販売用パンフレットにおいては、特記事項として「1本建物一階店舗、二階事務所については、現在業種は未定ですが、風俗営業が入る場合があります。2本建物一階店舗、二階事務所の区分所有者及びその特定承継人が売主の指定する部分に店舗営業用看板を設置すること及び一階店舗前空地部分〈イ〉部分を店舗来客用自転車置場等として、又、〈ロ〉部分を空調室外機置場として、専用使用することを他の区分所有者は認めていただきます。」との記載がある。そして、本件マンションの三階以上の住宅専用部分の各購入者は、訴外会社から右パンフレットと同様のことが明記されている「重要事項説明書」の交付を受けている。なお、右につき「風俗営業」と記載されて「パチンコ営業」と特定されていないのは、ゲームセンター等の他の業種も想定されたことによる。

(5) 本件規約七一条七項には容認事項として「本物件一階非分譲店舗・二階非分譲事務所の区分所有者及びその特定承継人が、ダイア建設株式会社の指定する部分に営業用看板を設置すること。また、一階店舗の区分所有者及びその特定承継人が、一階店舗前空地部分〈イ〉部分を店舗来客用自転車置場等として、及び〈ロ〉部分を空調室外機置場として、それぞれ無償にて専用使用すること」と規定され、また同様に同条九項には「本物件一階店舗・二階事務所については、風俗営業に該当する業種を営む者が入居する場合があること」と定められている。

(6) 被告は、本件内外装工事をしたものの、現実には本件店舗において自ら又は第三者に賃貸してパチンコ店の営業を差し控えて開始しておらず、また本件規約一二条二項所定の誓約書を提出する用意をしている。

以上の事実によれば、本件規約所定の「共同の利益」は、本件店舗において「風俗営業」がなされることもあり得ることを前提として解釈するのが相当である。そして、「風俗営業」が、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律によつて規律されていることは顕著な事実であるから、同法律二条一項七号に照らしても、右風俗営業についてパチンコ営業を除外することはできないものといわなければならない。

してみると、本件店舗のパチンコ営業そのものを一切禁止することは、本件店舗の区分所有者たる被告が受忍すべき程度を超えるものと認定するのが相当である。したがつて、被告において本件内外装工事をして本件店舗をパチンコ店営業の用途に供すること自体が「共同の利益」に違反するものではないというべきであるから、これが直ちに本件規約一条、八条、一一条、一二条一項及び二項、本件細則一条一号、二号、六号及び一八号に違反するものではないといわなければならない。

しかも、前記認定事実によると、原告の主張する被害の内容は抽象的かつ一般的なものにとどまつているというべきである。むしろ、《証拠略》によれば、原告は被告が本件店舗で営業を予定しているパチンコ店の構造、発生する騒音等を具体的に検討していないことが明らかであつて、本件全証拠によつても、被告が本件店舗をパチンコ店営業の用途に供することによつて被告を除く本件マンションの区分所有者が現実に又は将来被る不利益の内容を確定することは困難である。したがつて、原告の主張する被害については、共同生活上の障害が著しくこれにより共同生活の維持が困難となつているものとは断定することができないといわなければならない。

してみれば、原告の差止請求は失当であるといわなければならない。

なお、本件内外装工事が管理者の承諾を得ていないとしても、本件細則五条の規制は実質的には届出制と解するのが相当であるから、同条に違反することをもつて右差止請求を是認することはできないものというべきである。

5  次に、本訴請求原因4(被告の違反行為)(二)並びに被告の主張2(本件内外装工事について)(一)ないし(四)について判断する。

(一)  本訴請求原因4(被告の違反行為)(二)の事実のうち、被告が本件マンション一階専有部分と外部を隔てる壁の一部に配管及び配線をし、また看板を設置したことは、当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実に加えて、前掲証拠によれば、被告は、本件マンションの一、二階用の電源である既存の変電設備機器(キュービクル)の容量を大きくしたこと、右変電設備機器は、本件マンションの建築設計図においても記載がなされていたこと、その設置は敷地の利用に障害を及ぼすものではないこと、被告が本件マンション一階専有部分と外部を隔てる壁の一部に配管及び配線をした行為は、専用部分の使用に付随し、かつ、軽微なものであること、被告が看板を設置した場所は、被告が看板設置を含む専用使用権を有する場所であることが認められる。

してみると、本件内外装工事が本件規約九条、一一条、本件細則一条三号及び八号、二条三号及び四号に違反するものとして、原告の別紙物件目録三ないし五記載の物件の撤去請求を認めることは相当ではないものといわなければならない。

なお、本件内外装工事が管理者の承諾を得ていないとしても、前示のとおり本件細則五条の規制は実質的には届出制と解するのが相当であるから、同条に違反することをもつて右撤去請求を是認することはできないものというべきである。

二  反訴請求について

ところで、被告は、原告に対し、前記被告の主張1(被告の本件店舗及び本件事務所の区分所有権)(一)に基づき、本件店舗について、自ら及び第三者に賃貸してパチンコ店の店舗営業をなす権利を有することの確認を求めている。

しかしながら、前示のとおり被告において本件店舗でパチンコ店の店舗営業をなすことができ、原告がこれを差止めることができないとしても、これは、被告がその本件店舗の区分所有権に基づき、その専有部分を自ら使用し、又はこれを譲渡転貸することを妨げられないことを意味するものというべきである。加えて、被告は、本件店舗において風俗営業を営む場合は公安委員会所定の許可(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律三条等)を受けなければならないから、被告が原告との間で、本件店舗について、自ら及び第三者に賃貸してパチンコ店の店舗営業をなす具体的な個別的権利を有するということまでも是認されるものではないと解するのが相当である。

しかも、確認訴訟の訴訟物は、実体法上の性質決定を伴つたものであるところ、被告の右主張によつても、本件規約及び本件細則等にも具体的に被告のパチンコ店の店舗営業をなすことが被告の権利とされ、これが原告の具体的な債務ないし義務とされているわけではないことが明らかであり、また当該権利が被告と原告との間で具体的な契約ないし合意により生じたとするものではない。さらに、本件全証拠によつても、原告と被告との間において、本件店舗について、被告がパチンコ店の店舗営業をなす具体的な権利ないし法律関係を有することを根拠付ける事実を認定することはできず、右権利を具体的債権あるいは物権等として把握することができるものではないというべきである。

したがつて、被告が反訴請求の趣旨において表示する一定の権利ないし法律関係が存在するとの主張は、その前提事実を欠いているものといわなければならない。

三  結論

以上のとおりであつて、原告の本訴請求はいずれも理由がなく、また被告の反訴請求も失当であるからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河野清孝)

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